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プロが読み解く注目トピック【米金利ー逆イールドー】

プロが読み解く注目トピック【米金利ー逆イールドー】

昨年10月に世界の株式市場の株価が大きく下落しました。主要株式市場は当時の株価水準に徐々に戻っていますが、現状は不安定な相場といえます。世界を見渡せば、米中貿易戦争やブレグジットによる混乱が続く中、日本では今年、消費税増税を控えるなど、先を見通すことが難しい相場環境が続いています。現在、世界は新たなパラダイムシフトを迎えているのでしょうか。

マネックス証券では、そんな不透明な状況を理解するため、各分野の専門家から特別レポートを寄稿いただき、掲載してまいります。第3回は各国の金融政策・為替の見通しに詳しい長井滋人氏に寄稿いただきました。

プロフェッショナルの見解を、みなさまの今後の投資のご参考等に、ご活用ください。

特集一覧

第1回「ドイツ主導の欧州経済減速とブレグジット」(伊藤さゆり氏 ニッセイ基礎研究所 主席研究員)

第2回「伝統的市場に深く組み込まれる商品市場」(新村直弘氏 株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー、株式会社MRAリサーチ 代表取締役)

第3回「イールド・カーブのニューノーマル(新しい常識)」(長井滋人氏、オックスフォード・エコノミクス在日代表)

第4回「消費増税のインパクト」(土居丈朗氏、慶應義塾大学 経済学部教授)

第5回「仮想通貨の可能性と今後の見通し」(大塚雄介氏、コインチェック株式会社 執行役員)

今後も不定期で、各専門分野の識者にレポートを執筆いただき、掲載してまいります。

イールド・カーブのニューノーマル(新しい常識)

オックスフォード・エコノミクス在日代表

長井 滋人 氏

同社の250人を超えるエコノミスト・チームのシニアメンバーの一人として、日本経済の分析を主管すると共に、同社の世界経済に関する分析や見通しについて日本のクライアントやメディアなどに対する説明を行っている。
2017年7月にオックスフォード・エコノミクスの在日代表に就任するまでは日本銀行に勤務し、国際局長や欧州統括役(ロンドン事務所長)、海外調査担当課長として、金融政策決定会合への参加などを通じて海外経済に関する情勢判断に携わった。1993-96年には日本銀行から国際通貨基金へエコノミストとして出向。また、アジア金融協力や外貨資産運用の経験も長いほか、2001年の量的緩和開始以降の日本の金融政策に関する海外に対する情報発信にも一貫して従事してきた。1986年東京大学経済学部卒業、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院で国際関係論修士を取得。

逆イールドの持つ意味の変化と新たな常識

米国における逆イールド(短期金利が長期金利を上回り、曲線が右下がりになる現象)が世界的な株価の大幅調整を招いたが、明らかに過剰反応だ。
現在の株式市場は経済の構造変化を考慮せずに過去の経験則に反応し、自己実現的に価格下落を招いている。逆イールドが景気後退の兆しとして高い予見力を持つ時代は終わった。今やよりフラットなイールド・カーブがニューノーマル(新たな常識)となり、その下で景気後退を伴わない逆イールドの発生頻度は高まる。

逆イールドが景気後退の予兆という伝統的なロジックは次のようなものだ。景気拡大局面が長期・成熟化してくると、労働市場が引き締まり、賃金の上昇が加速し始め、個人消費が増加する。それが、物価が上昇し通貨の価値が下落するインフレーション(インフレ)につながっていく。インフレに歯止めがかからなくなると、長期金利は急騰し、景気や株式などへのマイナスの影響が大きくなるため、中央銀行はそれを未然に防ごうと先回りして利上げを始める。

過去の景気後退を振り返ると、こうした中央銀行の利上げが引き金となっているケースが大半で、景気は加齢では死なないことがわかる。言わば、高インフレを未然に防ぐために景気を犠牲にしてきたということになる。そうした事態を市場が予見すると、将来の景気後退やそれに伴うインフレの落ち着きを織り込んで、長期金利は下がり、逆イールドになる。

逆イールドの発生

(出典)Bloombergを基にマネックス証券が作成

しかしながら、ニューノーマルの下での逆イールドやフラットなイールド・カーブが持つ意味は異なる。現在のFED(米連邦準備制度)のように賃金の伸びなどを眺めて利上げを進行している点は同じであるが、長期金利の低位安定が持つ意味が異なるのだ。従来の低い長期金利は、中央銀行の利上げがもたらす将来の景気後退とそれがもたらすインフレの落ち着きを織り込んでいた。ニューノーマルの下では、今のパッとしない成長とインフレの落ち着きが従来とは違う変化のなさを示している。

こうした賃金の伸びとインフレの関係が薄れ、インフレ加速の脅威が大幅に後退していることがイールド・カーブのニューノーマルがもたらしている構造的な変化である。これに加えて、FEDやECB(欧州中央銀行)が金融政策運営の正常化に向けて舵を切り始めたとはいえ、引き続き金融危機後の量的緩和政策の効果が長期金利の頭を抑え込んでいる。そして、量的緩和とその裏側にある中央銀行のバランスシート拡大も、今後多少は正常化に向かうとしても、危機前の水準にまで戻ることはない。

今後のイールド・カーブはスティーブ化に?

銀行を中心とする金融市場のプレイヤーは、長年にわたる量的緩和とそれがもたらす超過流動性の下で資金調達を行ってリスクテイクをすることに慣れてしまった。量的緩和の正常化でそうした超過流動性の水準が一定の閾値を超えそうになったことが、昨年秋以降の株式市場の混乱の背景にあると考えている。今後も世界的に緩和的な金融環境とカネ余り状況はすぐにはなくならず、中央銀行が不用意にバランスシートの正常化を急ぐと、また流動性の不足から金融市場が混乱に陥る可能性は高い。このように考えると、今後も一定程度の量的緩和と従来比大きめの中央銀行のバランスシートがニューノーマルとして存在し続け、長期金利の頭を押さえることでフラットなイールド・カーブの形成を促し続けるであろう。

しかし、よりフラットなイールド・カーブがニューノーマルになったとはいえ、最近の逆イールドは行き過ぎで、今後は緩やかにスティープ化(イールド・カーブの傾きが急な右肩上がりになる現象)が進むと予想している。これは、FEDの利上げ一時停止が長期化するにつれて、緩やかとはいえインフレ期待は自然に高まっていくためだ。

FEDは年初に一気にハト派(穏健派)に急転換し、先月のFOMC(米連邦公開市場委員会)では実質的に年内の利上げの可能性を否定するメッセージを出した。これには、賃金の上昇にもかかわらずインフレの加速がさほどでないことを再認識したことに加え、正常化の行過ぎ懸念が昨年来の株式市場を中心とした市場の混乱とボラティリティの上昇を招いたという判断がある。

経済の軟着陸を達成するためには市場のボラティリティは大敵で、今後もFEDによる「利上げの一時停止」モードはかなり続くであろう。歴史的にもさほど引締め的ではない現在の金利水準が長く続く下では、過去と比べて弱まったとはいえ、労働市場の引き締めと賃金の伸び率上昇はじわじわとインフレ率とインフレ期待を高めていき、長期金利の緩やかな上昇を促す。

スティープ化を促すもうひとつの要因は、FEDのバランスシート政策だ。FEDのバランスシートの規模縮小は、年内に終了するであろうが、その内訳の調整が行われることが予想される。現在のFEDの持つ国債の平均残存期間は8年程度と市場全体の平均5.8年と比べて長い。FEDは将来景気が悪化した際への備えという意味も含めて、市場並みの平均残存期間にするべく国債の入れ替えを図っていくことが予想される。これはより短期ゾーンの買いと長期ゾーンの売りとなるはずで、イールドのスティープ化につながるであろう。

今後の世界経済のまとめ

結論をまとめると、逆イールドが世界的な景気後退のサインとみるのは悲観的に過ぎ、世界経済は年後半にかけて勢いを取り戻していく。市場は、よりフラットなイールド・カーブというニューノーマルの下で、逆イールドがより頻繁に発生するが、過去のように景気後退に繋がる可能性は低いことを学習していくであろう。FEDは、インフレ加速リスクが小さい中で、市場のボラティリティを抑制することを優先し、利上げには極めて慎重になる。また、QEや金融政策運営の正常化にも慎重になり、危機前に比べてより潤沢に流動性やより大きい中央銀行のバランスシートがニューノーマルになろう。そうした中で、今の行き過ぎた逆イールドは緩やかにスティープ化し、株式市場も落ち着きを取り戻していくと予想する。

マネックス証券担当者から一言

米国で逆イールドが発生した時に日本株市場が下落したように、逆イールドの発生は「景気の後退」を示すという考え方が一般的でした。
しかし、長井氏はニューノーマル(新しい常識)では、逆イールドの発生が、景気後退というサインとみるのは悲観的に過ぎ、FEDは成長の見込みが低いなかで、インフラ期待を高めながら、市場ボラティリティを抑制するために緩和的措置を続けるのではないか、と主張しています。
「逆イールドの発生」⇒「景気後退」⇒「株式市場下落」と考えるのではなく、なぜ、逆イールドが発生したのか、その原因は景気後退に繋がるのか、今後はどうなるのか、と発生経緯や今後の動きをしっかりと把握・想定し、投資活動を行うのも大事だと思いました。

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