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プロが読み解く注目トピック【日本経済、消費税増税】

プロが読み解く注目トピック【日本経済、消費税増税】

昨年10月に世界の株式市場の株価が大きく下落しました。主要株式市場は当時の株価水準を未だに取り戻せていません。世界を見渡せば、米中貿易戦争やブレグジットによる混乱が続く中、日本では今年、消費税増税を控えるなど、先を見通すことが難しい相場環境が続いています。現在、世界は新たなパラダイムシフトを迎えているのでしょうか。

マネックス証券では、そんな不透明な状況を理解するため、各分野の専門家から特別レポートを寄稿いただき、掲載してまいります。第4回は日本の経済や財政に詳しい慶應義塾大学 経済学部教授 土居 丈朗氏に寄稿いただきました。

プロフェッショナルの見解を、みなさまの今後の投資のご参考等に、ご活用ください。

特集一覧

第1回「ドイツ主導の欧州経済減速とブレグジット」(伊藤さゆり氏 ニッセイ基礎研究所 主席研究員)

第2回「伝統的市場に深く組み込まれる商品市場」(新村直弘氏 株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー、株式会社MRAリサーチ 代表取締役)

第3回「イールド・カーブのニューノーマル(新しい常識)」(長井滋人氏、オックスフォード・エコノミクス在日代表)

第4回「消費増税のインパクト」(土居丈朗氏、慶應義塾大学 経済学部教授)

第5回「仮想通貨の可能性と今後の見通し」(大塚雄介氏、コインチェック株式会社 執行役員)

今後も不定期で、各専門分野の識者にレポートを執筆いただき、掲載してまいります。

消費増税のインパクト

慶應義塾大学 経済学部教授

土居 丈朗 氏

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、社会保障審議会臨時委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『日本の財政をどう立て直すか』(編著・日本経済新聞出版社)、『日本の税をどう見直すか』(編著・日本経済新聞出版社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)、『入門財政学』(日本評論社)等。

消費税増税の延期はあるのか?

2019年4月21日に行われた衆議院補欠選挙で、2つの選挙区とも自民党公認候補が落選したことから、マーケットでもにわかに消費増税の延期観測が出始めた。その根拠とされるのが、消費増税の3たびの延期を口実に、今夏に衆参同日選挙を行う可能性があるということのようだ。

しかし、今般衆議院選挙で2選挙区とも敗北したことが引き金になって、2021年10月21日まで任期があるのに慌てて衆議院を解散するとみるには、論理の飛躍がありすぎる。しかも、過去2回の衆参同日選挙は、衆議院選挙が中選挙区制のときのことだった。今の衆議院選挙は小選挙区制であり、同日選による衆参相乗効果に違いが出る可能性があり、同日選をしたからといって与党が必ず勝てるという確証はない。

さらに、衆参同日選挙にするには、参議院選挙の公示日に近い時期に、衆議院の解散を宣しなければならない。連休後すぐに解散を宣すれば、野党は解散前提の国会での法案審議を拒み、未成立の重要法案は棚上げとなる。その上、6月28日からのG20大阪サミットも、選挙がちらついてそれどころではなくなる。だから、5月や6月に衆議院を解散したら、単独の衆議院選挙はあっても衆参同日選挙はできない。

加えて、4月1日以降、法令(消費税制の経過措置)に基づき、10月1日以降に商品等を引渡す商取引はすべて(軽減税率対象品目を除く)、消費税率を10%として契約を結ばなければならなくなっている。既にそうした契約が、日を追うごとに増えていて、6月までにもさらに増えてゆく。

いまさら10月の消費増税を延期するとなると、こうした契約を結び直さなければならないこととなり、商取引は大混乱する。ましてや、衆参同日選挙ができる7月以降のタイミングで、予定通り消費増税を延期することを表明したところで、消費税率を10月1日に10%に引き上げないこととする法案を衆参両院で審議し可決できなければ実現ならない。ところが、その時には国会は閉会しているだろう。法案が成立するまでの間、商品等を引き渡す日の税率が何%になるかが定まらず、契約すら結べないということになって、経済活動を停滞させる。いまさら、10月の消費増税を延期することは実務的に無理である。

ちなみに、消費増税を先送りした過去2回、安倍晋三首相が延期を表明したのは、いずれも増税予定日の6か月以上前だった。安倍首相はこの消費税制の経過措置を踏まえていたのだ。

消費税増税でも実質成長率は2018年を上回る見通し

さて、消費増税は家計消費を落ち込ませるとの先入観は強いが、今回の消費増税は、自明に消費が低迷するものなのだろうか。今回は、2019年度予算で、2兆円規模の消費増税対策を講じている(その良し悪しは、ここでは不問とする)。1.3兆円の公共事業と0.7兆円のキャッシュレス・消費者還元事業などが盛り込まれている。

経済全体として、消費増税によって約5.7兆円の負担増になるが、約1.1兆円は軽減税率によって負担軽減となる。したがって、軽減税率を伴う消費増税により4.6兆円の負担増となる。加えて、たばこ税の増税と所得税の控除見直しで0.6兆円の負担増が見込まれる。これらを合わせて、約5.2兆円の負担増が生じる。

これに対して、幼児教育の無償化と社会保障の充実により、国民に約3.2兆円還元することになっている。そして、前掲の消費増税対策で2兆円と、住宅ローン減税と自動車関連税の減税で0.3兆円が、国民に還元されるから、これらの還元分が5.5兆円にのぼる。

このように、5.2兆円の負担増に対して、5.5兆円還元することになっているため、経済全体でみると差し引きして0.3兆円の実質的な負担減となっている。これらの政策の評価は別の稿に譲るが、2019年10月前後に税財政を通じたマクロ経済への影響をみれば、自明な負担増にはなっていないことがわかる。ちなみに、4月9日に公表されたIMF(国際通貨基金)の"World Economic Outlook"では、今年の世界経済の実質成長率を、1月の見通しの3.5%から3.3%に下方修正したことでマーケットでも注目されたが、日本の実質成長率は1.1%から1.0%に下方修正されたものの、18年の0.8%より高くなるという見通しである。

消費増税前に、増収増益になる業種は?

今回の消費増税は、予算執行時期も考慮してこうした計画的な反動減対策が講じられることが既に決まっている。その意味では、2014年4月のときよりも、家計消費の駆け込み需要と反動減は大きくないと見込まれる。

とはいえ、税率が引き上げられることによる駆け込み需要はあろう。財務省「法人企業統計調査」によると、2014年4月の増税時をみると、2014年第1四半期に、対前年同期比で売上高が10%を超えて増えた業種は、パルプ・紙・紙加工品製造業、化学工業、鉄鋼業、生産用機械器具製造業、建設業、学術研究、専門・技術サービス業、職業紹介・労働者派遣業だった。次いで、食料品製造業、木材・木製品製造業、金属製品製造業の増加率が高かった。これら業種では、売上高とともに営業利益の伸びも相対的に高かった。今般も、消費増税前にこれらの業種で似たような動きがあるかもしれない。

こうしていると、消費税は、流通各段階で課税されているから、B to Cの動向だけを見ていると、全体像を見誤る。仕入税額控除はあるものの、B to Bにも消費税は課税されており、消費税率引上げが購入時期の判断にも影響を与えると考えられる。

その証左に、消費税収は、家計消費の変動ほどには大きく変動していない。家計消費が落ち込めば消費税収も落ち込むとみるのは、消費税が小売段階にだけ課税されているかのように錯覚した見方だ。今般の消費増税対策は、家計消費の反動減対策に重点があり、B to Bへの対策は公共事業と予算の後ろ倒し執行(予算を年度前半より後半に執行する)ぐらいだろう。これが市況にどう影響するか、見極めが必要だ。

マネックス証券担当者から一言

消費税増税は、私たちが生活している中で、影響が大きいものと感じます。所得税、住民税といった給与から天引きされているような税金は、税金を払う意識が希薄になりがちです。しかし、毎回支払いのたびに目に入る消費税の場合、意識せざるを得ないからこそ、モノゴトを「消費」することへの抵抗感が出てきてしまいます。
そもそも経済とは人々の消費があるからこそ成り立つものであり、その消費の腰が折れてしまうことは、日本経済の減速を意味します。
今回、日本で史上初めて2桁の消費税率となることで、人々のマインドがどのように変わっていくのか、どのように消費動向が変化していくのか、そして株式市場に影響があるのか、自分の頭で考えて行かなければなりません。

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