ウェルネスや食の分野におけるブランド開発から地方創生プロジェクトまで、幅広いジャンルで活躍している行方ひさこさん。最近では、熊本県・阿蘇山で1000年もの長きに渡り、守り受け継がれてきた草原(放牧や採草を行うエリア)を維持するプロジェクトにも携わっている。ライフワークとしているのは、全国各地の作り手やメーカーを訪ねては、そこにある新たな価値を発掘し、その魅力をたくさんの人に伝えること。ブランディングディレクターという肩書きにとらわれない活動の原点にあるのは、他者の人生や土地の物語に対する、尽きることのない好奇心だ。
好奇心の赴くまま、
旅に出かけ人に出会う
「自分の手でなにかものを作り上げる人に憧れがあって、その人のモチベーションやものづくりの背景にあるストーリーを知りたい気持ちが強いんです。20代のころ、友人と一緒にファッションブランドを立ち上げ、その経営に携わっていたのですが、デザイン画より先のものづくりに関わっていなかったからこそ、その先にあるプロセスに興味をもっているのかもしれません」
最近では、日本各地の工芸品を集めた企画展をプロデュースするなど、キュレーターという立場でディレクションを行うことも増えている。
「メディアの仕事で各地を訪れる場合は私自身で取材を行い、さらにレポートまでを手がけることも少なくありません。取材となると、どうしても駆け足の滞在になってしまう。ですから、取材で赴いた後にはプライベートで訪問するようにしています。縁あってお会いした作り手の方とは深いコミュニケーションを取りたいですから」
20代で経験したお金の失敗
こうした旅を続けるには先立つものが必要だが、行方さんは「旅は、自らの経験への投資」とポジティブに割り切っている。「たとえ仕事に結びつかないとしても、旅や人との出会いから得られるものはお金以上に価値があるという確信があるから」という言葉には、余裕さえ感じられるが、こうした達観をもたらしたのは、必要以上にお金を持っていた若かりし自分への自省だとか。
「20代でブランドの立ち上げに参画、会社の経営をして、がむしゃらに仕事をした結果、同年代より稼げるようになっていました。当時は若さゆえにお金の使い途がわからなくて、買い物に過剰なお金を費やして。『欲しい』という欲望ではなく、仕事をするためには最新のファッションに身を包まなくてはという、『武装』に近い感覚で買い物をしていたと思います。安易にお金を貸して人間関係が壊れてしまったこともありました」
そんな行方さんにストップをかけたのが、当時のファッションビジネスのあり方だった。ファストファッションが市場を席巻し、それに伴いアパレル産業における大量生産・大量廃棄や児童労働など、華やかな世界が抱える闇が徐々に明らかになっていた。
「当時抱えていたクライアントには、ファストファッションを展開する企業もありました。自分自身が、共感できないシステムの歯車の一つになっていることに疑問をもつようになってしまい、一度全部やめることにしたんです」
まずはクローゼットからあふれていたブランドのバッグや服を手放して身軽になった。そして、貯金が尽きるまで日本を巡る旅をしてみようと決心した。行方さんの母親は「会社の通帳に残金がほとんどない」と心配したそうだが、自身は不思議と危機感も焦りも感じなかった。3、4年続けたこの旅は各地のものづくりの担い手とのつながりをもたらし、結果的にその後の仕事やワークライフバランスを変える転機となった。同時に、自分らしい「お金との付き合いかた」を知ることもできたのだ。
お金は使い手の感情に左右される
「お金って、良くも悪くも使い手の感情に左右されるんです。投資をしても貯金をしても、悲観的な気持ちでいるとそっちに引っ張られる。お金がなくとも、『なんとかなるでしょ』って構えていると、悪い結果にはつながらない。先立つものがないのに旅をして、普通なら心配するところかもしれませんが、『これは自分の未来への投資なんだ』って肯定的に思っていたら、ちゃんとプラスに展開しましたから。20代を思い返せば、使い途もわからないままにお金を手にしてしまい、平常心を失ったから失敗したんだな、って」
お金がないけれど豊かな時間を過ごすことでお金との付き合い方を知った行方さんは、最近、投資を再開しようと考えている。
「投資を始めたのは30代に入ってから。あまりにも社会のことを知らなかった20代を反省し、30代でビジネススクールに通い出し、周囲の勧めもあって投資を始めました。でもぜんぜん楽しいと思わなかった。お金でお金を生み出すことに魅力を感じなかったんです。社会と投資がつながっている感覚に乏しかったから、なぜ投資をするのか、その意義を見出せなかったのだと思います」
工芸を機に歴史が好きになり、歴史をきっかけとして国際情勢、政治、経済……社会のあらゆることに目を向けるようになった。いまなら、「投資を通じて社会につながる意義を理解できそう」、と行方さん。理想とするのは、人や社会に貢献できる投資。若手アーティストや小規模なメーカー、スタートアップをサポートするエンジェル投資家とまではいかずとも、自分が投資することが誰かの助けになる、そういう関わり方をしていくつもりだ。お金にうまく向き合えなかった若いころと違い、社会には有意義な使い途があることを知っているのだから。
行方さんにとってお金とは、自分がやりたいことや応援したいものに情熱を注ぐためのツール。ツールであるお金を投資することで、望むものに近づく翼を手にすることができる。20代、30代、そして40代と、お金にまつわる浮き沈みを経験したことで、感情を揺さぶられることなく、余裕をもって活用することができそうだ。
「だからこそ、お金にまつわる知識を蓄えておくこと、感情を整えておくことを常に心がけていたい。それが、私なりのお金に対する責任の果たし方なんです」
行方ひさこ
ブランディングディレクター。食と工芸、地域活性などエシカル&ローカルをテーマに、昔からの循環を大切に繋げていきたいという想いから、その土地の風土や文化に色濃く影響を受けた「モノやコト」の背景やストーリーを読み解き、自分の五感で編集すべく日本各地の現場を訪れることをライフワークとしている。2021年より、地域の文化と観光が共生することを目的とした文化庁文化観光推進事業支援にコーチとして携わる。国内外の工芸品やアートをキュレーションした企画展「ARTS & CRAFTS」が伊勢丹新宿店で不定期開催中。今年は9月末開催予定。
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