谷尻誠
2023.8.8

決められた枠なんてない。
成功も失敗もプロセスにすぎない谷尻誠/建築家・起業家
SUPPOSE DESIGN OFFICE 代表取締役

共同代表を務めるSUPPOSE DESIGN OFFICEの東京事務所の社食を、パブリックに開放した〈社食堂〉。建築家やインテリアデザイナー向けの建材や家具の検索サービス〈TECTURE〉、自然環境を生かし、貸別荘やアウトドア施設を共同所有できるサービス〈DAICHI〉。次々とユニークなプロジェクトを手掛けていく谷尻誠さん。〝枠にとらわれない〟という表現がぴったりの建築家だ。

「枠なんて、もともとないじゃないですか。『それ、誰がいつ決めたの? 何時何分何秒?』って、スタッフには小学生のようなことをいつも言っています(笑)。みんながやっているやり方を真似しても、上手くいくとは思えない。自分にとって合うやり方は何なのか、常に考えています。たとえるならば、僕はストリートの建築家ですね。今は、ストリートブランドとラグジュアリーブランドとが相互にコミュニケーションをとり、両方に価値が生まれる時代なので、ハイブランドの建築家ばかりだった頃に比べるとだいぶやりやすくなってきました」

北海道・美瑛町で始まった〈returning project〉では、1口500万円で20組を集め、仲間と協力し合いながら日々、畑を耕すという、昔ながらのコミュニティを目指す。現在、すでに14組が集まり、土地を取得。自然農法を実践するための土壌作りが始まった。

「過去に戻ることで前に進むという意味を込めて、このプロジェクト名に決めました。東京でのビジネス合戦を抜け出し、昼は畑を耕し、釣りをして、都会で培った経験に基づいて商品を開発しながら、その土地で働き、生きていく。いい未来を過ごせる場所になるはずです」

時代を先取りしたプロジェクトにチャレンジ。注目を浴び、順風満帆に見える仕事ぶりだが、上手くいくこともあれば、当然、逆のこともある。いわゆる失敗をどう捉えるかで、「失敗も成功もプロセスにすぎません。失敗したから終わりなのではなく、改善して違う形の未来を作ればいいと自分に言い聞かせています。いろいろ問題があって大変だな、なんで上手くいかないんだろうとすごく悩みますよ。でも、上手くいっていることにも悩みます。たまたま上手くいっているというのが嫌で、理由をちゃんと知りたいんです。それがわかっていればコピペして、今後のプロジェクトに活かせますしね」

建物がお金を生む仕組みを作ったら、
4億の負債も怖くない

近年の谷尻さんのプロジェクトは、自然を活かしたものが多い。コロナ禍を機に、キャンプに目覚めたことで、増えていったという。コロナというパンデミックは、仕事を奪ったが、2000年に独立した時に感じた、ワクワクをもたらしてくれた。

「仕事がなくなり、会社を畳むことをリアルに考えたんです。でも、考えれば考えるほど、バカバカしくなってきて、どんどんキャンプに行くようになりました。思えば、独立した20年前は、仕事なし、金なし、家なし。知り合いのカップルの家に家賃5,000円で居候させてもらい、焼き鳥屋でバイトしてたんですよ。なのに、すごくワクワクしていた。あの時にあんなにも楽しかったんだし、もう1回、仕事がない状態に戻れるのも悪くないと思ったらワクワクしてきて、そうしたらまた忙しくなっていきました」

コロナ禍では、クライアントからの依頼がなくなり、自分達の立場は「下請け」なんだと痛感させられた。その体験が新しいプロジェクト〈DAICHI〉を生み出した。〈DAICHI ISUMI〉は、ひとつの建物を会員4組がシェアして貸し出し、会員は空いている時に使える仕組みだ。

photo: Kenta Hasegawa

「またパンデミックが起こっても不安にならないためには、自分達で仕事を作る強さを持たないといけないなと。自分達で土地を見つけて企画し、設計して建てて、運営できたほうが、未来がある。そうして作ったのが〈DAICHI ISUMI〉です。別荘は使う日数が限られているので、シェアして使ってあげたほうが建物にとってもいいですし、別荘を買うという投資に対するリターンがある収益構造を作れれば、会員の方も、安定的な収入が担保される僕らもみんながハッピー。所得に依存しない、返済モデルの事業に共感してくださる方が多いですね」

いわば〝お金を生む建物〟という発想が生まれたのは、2020年に東京で自宅を建てたことがきっかけだった。

「都内だと、どんなに安くやろうとしても1億ちょっとかかってしまう。80歳まで月30万円以上を返済すると思ったらゾッとしたんです。これからの仕事を考えると、35年という長い時間に対する担保が何もないのに、自分のお財布に依存するのは割に合わないというか。それで、僕自身ではなく建物が働いてお金が生まれる仕組みを作ったら、不安が減ると思い、借金を増やしてでも自宅の一部をテナントにして、家賃収入を返済に回すことにしたんです。結局、当初の予算の3倍に膨らみ、今、借金が4億ちょっとありますけど、全然不安がないんです。稼げる借金は資産形成だと捉えれば、投資も思い切れます。

photo: Toshiyuki Yano

実は、僕はものすごく貧しい家庭に育ったので、どこかでお金に囚われていて強迫観念がありました。でも、知恵を使えばお金を稼ぐことができる。そう思えるようになってからは、お金に振り回されなくなりました。

キャッシュで持つより、
自分が好きなモノに投資したい

自宅を作ってみて、改めてお金の仕組みを理解しないといけないと感じたそう。勉強して、辿り着いたのは「お金の使い方もクリエイティブであるべき」という結論だった。

「銀行に100万円預けても利子は2,000円ほど。でも、借りる時はものすごく取られる。お金の置き場所を考えないと、価値化できないことが本当によくわかったし、キャッシュで持っていることにあまり意味を感じなくなりました。土地を買って建物を運用する不動産投資をはじめ、家具や車、時計、アートなど、好きなモノに変えたほうがずっといい。使い過ぎてキャッシュアウトして、まずいこともあるんですが(笑)」

投資するモノを選ぶ基準は〝好き〟かどうかだけ。審美眼があるといえばそれまでだが、結果的に、価値が下がらないモノが多いという。

「自分がいいと感じるかどうか、本能に従うだけ。自分の野性的感覚を信じたいんですよね。お金を使うことは、僕にとって広い意味で投資を意味します。お金がない若い頃から、無理してでも泊まるべきだと思ったホテルには、どれだけ高くても泊まってきました。1泊50万円のホテルに、24時滞在できないので、最低でも2泊。そうした未来に向けて撒いた投資の種は、今、クライアントへの信頼度を高めるというリターンになって返ってきています」

谷尻誠
谷尻誠

1974年広島生まれ。2000年建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。近年では「絶景不動産」「tecture」「社外取締役」「toha」「DAICHI」「yado」をはじめとする多分野で開業、事業と設計をブリッジさせて活動している。主な著書に『職業=谷尻誠』(エクスナレッジ)、『美しいノイズ』(主婦の友社)、『谷尻誠の建築的思考法』(日経アーキテクチュア)、『CHANGE-未来を変える、これからの働き方-』(エクスナレッジ)、『1000%の建築~僕は勘違いしながら生きてきた』(エクスナレッジ)、『談談妄想』(ハースト婦人画報社)。

Instagram @tanijirimakoto

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