投資が未来の選択肢を
増やしてくれる田村浩二/経営者兼料理人
毎日10:00からオンライン限定で、チーズケーキを販売する「Mr.CHEESECAKE」。通称〝ミスチ〟の生みの親である田村浩二さんは、都内の有名フレンチレストラン3店舗、渡仏してミシュラン三ツ星と一ツ星レストランで修行。レストランガイドブック『ゴ・エ・ミヨ ジャポン』で〝期待の若手シェフ賞〟を32歳で受賞するなど、フレンチの世界で華々しく活躍していた。それが一転、2018年、チーズケーキを作り始める。そこには、料理人を志した当初の想いがあった。
〝おいしいものを届ける〟という初心に
戻ったのがチーズケーキ
「高校時代、バイトをしていなくてお金がなかった時に、親友の誕生日にケーキを作って学校に持っていったら、すごく喜んでもらえた原体験があって、僕は料理の世界に入ったんです。やがて一流のお店でトップレベルの仕事を目指すようになり、いつの間にか〝ただおいしい〟ことよりも、テクニックやコンテクストを重視するになっていたんですね。ある時母が、僕がシェフを務めていたレストランで食事をした後に『美味しかったけど、よくわからなかった』と言ったんです。求められる料理を自分なりの色で作ってはいる。でも、それが僕がやりたかったこととイコールなのか、すごく悩みました。料理の世界で急に方向性を変えることは現実的ではなかったので、まったく違うフィールドで、自分の色を出せる商品を作ろうと始めたのがチーズケーキだったんです」
作る過程をSNSにアップしたところ、口コミで人気が広がっていく。SNSという仮想空間でありながら、そこにはリアルだと感じられる確かなリアクションがあった。
「もちろん、レストランでも本当に美味しいと感じてくださったんだと思える感想もいただいたんですけど、僕もわざわざシェフに『おいしくなかった』とは言わないですし、掛けられる言葉がどこか定型文的というか…。一方、SNSのリアクションは反射的で、そこに写真や感想をあげるのはかなりエネルギーのいることなので、何かしら、その人の心に響くものがあったんだと感じられたのは、すごく嬉しかったです」
当初は、チーズケーキは自己表現の場に留め、レストランでのシェフ業とのバランスを取りながら両立していくつもりだったが、やがて難しくなっていく。フレンチで自分の店を持つのか、チーズケーキに絞るのか。その選択の方法が非常にロジカルだ。
「10年後に売上を10倍にするとしたら、レストランでは店舗展開するという答えしか僕には見つからず、店舗展開すると、レシピがあっても、毎日届く食材の鮮度も違うし、僕が見えないところでクオリティを保つことが、自分の性格的に無理だと思いました。でも、ケーキは主要な素材は決まっていて、温度と時間という数字を守れば必ず安定した美味しさを作れます。ケーキのように、方程式に当てはめて、再現性の高い商品を作れる領域で拡張したほうが、10年後に売上を10倍にできると思いました」
変化と挑戦を常とする田村さん。年齢という数字も、考慮に入れた。
「ケーキという挑戦であれば、失敗してもまた新しい挑戦ができるし、料理人の道に戻ることもできると思い、30代前半のうちに、リスクを取ろうと考えました。いつまでも、星付きレストランにいましたという経歴が全然更新されていかないよりも、今の自分が一番頑張っている人生のほうが、ずっといいじゃないですか」
数字を知り、疑うことで
見えてくることがある
人生の分岐点で、売上と年齢を重視した田村さん。元来、数字が好きなのだという。
「僕は、自分が担当しているお皿にいくらかかっているのかわからないまま作るのが嫌で、調理学校を卒業してすぐ入ったお店から、誰に頼まれるでもなく、原価率を計算していたんです。納品書を見れば食材の値段はわかりますし、家賃は先輩がなんとなく教えてくれ、他の人の給料は自分がもらっている金額から、ある程度察しがつきます。フレンチのコースは高いのに、働く人の労働時間は長く、給料も安いのはなんでだろうという単純な疑問も、数字にすると腑に落ちるんですよね。さらに、どうしたらその数字をよくできるかという視点が生まれてくる。残業代という概念がなかった世界なので、仕事を早く終わらせた方が給料は相対的に高くなるじゃないですか。会社を作ってからは毎日手探りで、トラブルの連続でしたけど、おいしいものを効率よく作るために、無駄を省いたオペレーションを構築して、拡張させていくことは、向いていたんだと思います」
お金を稼ぐことと働くことの理想的なバランスを聞いても、ロジカルな田村さんの答えは明瞭だ。
「一番いいのは、働いた分だけ稼げること。努力していいものを提供しているのに、自分の価値が数字に繋がらないのはすごく嫌ですね。報酬も社会的地位もすべて、努力に比例して上がったほうがいい。数字にとらわれすぎるのもよくないですが、しっかり捉えないと上手く結果が出ないですし、数字を疑うことは大事だと思います」
“お金がお金を稼いでくれる”
という投資への衝撃
2018年に「Mr.CHEESECAKE」を立ち上げ、翌年に結婚。この流れで、投資をスタートさせた。
「投資の勉強をするようになって、知識はあったほうがいいと感じています。投資をすればお金がお金を稼いでくれる。これは衝撃でしたね。資産があるほうが圧倒的に選択肢は増えて、お金のために仕事をしなくて済むようになるんだなと感じています。技術職の人は、1を積み上げるのがすごく得意だと思うんです。コツコツ積み上げて10にしていく。でも、1よりも1.1を積み上げたほうが、間違いなく早く10になりますよね。この0.1の差を作る手段が投資で、未来の選択肢を増やしてくれるものだと捉えています」
投資によって選択肢は増えても、時間を増やすことはできない。だからこそ、その使い方を大事にしている。
「意思決定することをできるだけ減らすように、ルーティンに組み込むようにしています。新しい発想を得るために行く場合以外は、一人で食事する時は蕎麦ばかり(笑)。洋服も同じもので、靴も同じものを履き潰して今履いているのは、もう4代目です。試食でカロリーコントロールができないので、運動が欠かせないんですが、会社をしているとイレギュラーなことがたくさん起こるので、朝しか時間が作れないんですね。それで、1時間半くらい会社やキッチンまで歩いているんですが、健康にも考え事をするにもいい時間になっています」
そうして作った時間と選択肢で、どんなことをやっていきたいのか。未来への展望を聞いた。
「自然の中で料理を作ってみたいという想いが強いので、いろんな地方に出向きたいといいうのがひとつ。あとは、社会貢献です。会社では売上を上げることが目標になり、社会貢献とは結び付きにくいので、サステナブルフードの啓蒙活動であったり、自分が参加することでできるアクションというのは、明確に持っておきたいですね。そのためには、ビジネスで稼がなければいけない。その点は、しっかり意識しています」
田村浩二
株式会社 Mr. CHEESECAKE 代表取締役。神奈川県三浦市生まれ。新宿調理師専門学校を卒業後、乃木坂「レストラン フウ」にてキャリアをスタート。ミシュラン二ツ星の六本木「エディション・コウジ シモムラ」の立ち上げに携わる。表参道の「L'AS(ラス)」で約3年務めたのち、渡仏。World's 50 Best Restaurants 2019 の1位を獲得したミシュラン三ツ星のフランス南部マントン「Mirazur(ミラズール)」、一ツ星のパリ「Restaurant ES(レストラン エス)」で修業を重ね、2016年に日本へ帰国。2017年には、世界最短でミシュランの星を獲得した「TIRPSE(ティルプス)」のシェフに弱冠31歳で就任。World's 50 Best Restaurants の「Discovery series アジア部門」選出、「ゴ・エ・ミヨ ジャポン2018期待の若手シェフ賞」を受賞。現在は Mr. CHEESECAKE の他、複数の事業を手掛ける事業家としても活動する。
Instagram @tam30929